2024/01/20

Double Crush Syndromeについて


 Lancet. 1973 Aug 18;2(7825):359-62. doi: 10.1016/s0140-6736(73)93196-6.

神経について再学習しています。

UptonとMcComasは1973年にLancetの「Hypothesis:仮説」の項に、頚部障害と上肢末梢神経絞扼症候群との関連性について、次のように提唱しました。

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脱神経の原因となる神経病変にはさまざまな種類がある。
(a) 圧迫がない
(b) yにおける軽度の圧迫は脱神経を起こすには不十分
(c) 2つの部位で軽度の圧迫があり、yより遠位で脱神経が起こる
(d) 1つの部位yのみの強い圧迫でも脱神経が起こる
(e)「病気の」ニューロン(糖尿病など)のperikaryon(ペリカリオン:核と細胞質を含むが、軸索と樹状突起を除くニューロンの細胞体)によって、かろうじて十分な栄養物質が製造され、それが1つの部位の圧迫によって減少し、再び脱神経を引き起こす

(b)のような状態は臨床症状を引き起こすには不十分であるが、(c)のxのように近位病変の発生によって軸索流(神経に必要な栄養物質の流れ)が減少する。このような状態では臨床症状を惹起する。
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手根管症候群と肘部管症候群について

彼らは、手根管症候群の臨床徴候と筋電図学的証拠を有する患者の多くが、前腕、肘、上腕、肩、および胸の前面と背面の痛みも訴えているというCrymble ( 1968 Aug 24; 3(5616): 470–471. doi: 10.1136/bmj.3.5616.470)の観察を引用しています。

彼らは、この論文を引用した後、次のような疑問について記述しています。「貫通創や外傷による前腕の限局性正中(または尺骨)神経損傷を有する患者が、同様の関連痛を通常経験しないのはなぜか?」

また、手根管症候群の手術を受けた患者の中には、術後に改善しなかったり、むしろ悪化したりした例もあることを指摘しています。それは
手術が不適切であったわけでも、診断が間違っていたわけでもないのにです。

さらに、Phalenの研究(Bone Joint Surg Am 1966 Mar;48(2):211-28.)を引用して、露出した212本の正中神経のうち61本に圧迫の目に見える証拠がなかったと述べています。

UptonとMcComasの研究では、220人の患者を診察・検査した結果、115人の患者に電気生理学的に神経障害が証明され、そのうち81人(70%)に頸神経根病変があったとのことです。

これらすべての臨床的観察に基づくと、運動神経線維の近位部の損傷は、わずかな圧迫に対しても遠位部を感作することが示唆されたと述べています。

彼らはこの状況を「ダブルクラッシュ症候群」と名付け、このような感受性の高さが、肩や上腕の痛み、手首の神経病理の変化、手首の正中神経を十分に除圧した後に続発する手術が失敗したと思われる症例を説明できる可能性を示唆しました。

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LC Hurst, D Weissberg, RE Carroll, The relationship of the double crush to carpal tunnel syndrome (an analysis of 1,000 cases of carpal tunnel syndrome) J Hand Surg Br. 1985 Jun;10(2):202-4.  doi: 10.1016/0266-7681(85)90018-x.

a 正常
b 手根管で軽度の圧迫はあるが症状の発現には至っていない
c 頸髄神経根圧迫のため、b程度の軽い手根管の圧迫でも症状は出現する
d 手根管の圧迫の程度が強いので症状が出現する
e 軸索流が障害されているためかあるい手根管圧迫で臨床症状が出ている
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今回はダブルクラッシュ症候群について再学習してみました。
温故知新ですね。昔の医師は画像所見が得られなかった分、本当によく臨床症状を観察しています。この点についても学ぶことが出来ました。
臨床の病態解釈に幾つかのエッセンスが加わりました。

All for a smile of patient... by OH!NO!DX

2024/01/18

The Nervous System of 'Harriet Cole' について


 The Nervous System of 'Harriet Cole'
(画像はPinterestのDrexel University College of Medicineに登録して引用)

萩原祐介先生のご講演に出てきた「ハリエット・コール」について調べてみました。

「ハリエット・コール」の神経組織
ドレクセル医科大学(ペンシルバニア州フィラデルフィア)に展示

「ハリエット・コール」は、1880年代にハーネマン医科大学(ドレクセル医科大学の前進)で清掃スタッフの一員として働いていた女性だった。彼女は35歳で結核で亡くなった後、解剖学の教授であったルーファス・B・ウィーバー博士が、彼女の神経組織全体を慎重に摘出した。少なくともそういう話で、この神経標本が誰であるのかについては諸説あるそうです。

1888年、ウィーバー博士は5ヵ月かけて組織を切離し、脊髄神経系を露出させて摘出しました。神経はまずガーゼに包まれて保護され、それから一本一本の神経を鉛を主成分とする白い塗料で覆い脱脂したとのことです。この神経を人体の形に並べて神経系全体を展示用標本として作成しました。1893年のシカゴ万国博覧会にこの標本を出品したプレミアム科学賞を受賞したそうです。

この標本写真を見た印象は、神経とは連続した構造物として捉えられるということ。
あるどこか一つの神経を遠位に牽引すれば、その近位に牽引ストレスが加わるだろうと想像できます。

神経の電気生理学的機能は遠心性であったとしても、構造体として捉えると、遠位の刺激が近位に加わっても何ら不思議はなさそうです。

手術後に尺骨神経症状と正中神経症状が出現した患者さんについて〜Retrograde Neuropathic pain・逆行性神経性疼痛〜

2024年初めての投稿となります。
今年は新年早々、震災や旅客機事故など心を痛められている方が多い年明けとなりました。
被災された皆さま、関係者の皆さまには心よりお見舞い申し上げます。

タイトルにある患者さんを現在診させていただいています。

約2ヶ月半前に、他院で肩関節の鏡視下手術(肩甲下筋縫合術)を受けられたのち、リハビリをされていたのですが、術後しばらくしてから尺骨神経症状(肘内側の痛み、前腕の痛み、前腕から手にかけてのこわばり[特に小指側])が出現されました。

その後、正中神経症状(手掌の中央〜指尖にかけての痺れ)も出現し、上肢を下垂していると浮腫や皮膚の色調が赤褐色に変化するなどの症状も出現してこられました。

装具除去後も症状に変化はなく、肩関節の可動域も挙上90°で停滞し、「このままではよくならないのではないか」と不安になられて、術後2ヶ月目にインターネットで調べられて、私のところへお見えになられました。

現在の問題点は肩関節の可動域制限はもちろんですが、前述した手〜肘にかけての神経症状です。

経過を考えると、手術による肩甲下筋付近での拘縮による腕神経叢の症状と装具固定による尺骨神経症状の可能性が高いと考えました。

装具固定期間中にこういった症状が出現する患者さんは時々いらっしゃいます。
(私はほとんど経験しませんが…というかこういう症状に気付いたらすぐに対応するので、ひどくなることはありません。この点については別の機会にまた書きたいと思います。)

正中神経症状も伴っていること、神経症状は「遠心性」であるという原則から、いわゆる胸郭出口症候群を疑った訳です。

そこで理学療法は、肩甲下筋付近での術後拘縮による腕神経叢の圧迫が神経症状誘発要因と考え、3週間徒手的に拘縮を改善させるようなことを行っていました。

可動域は挙上130°、伸展45°、外転70°、外旋10°と当初よりは改善してきましたが、神経症状は一向に改善する気配がありませんでした。(まあ徐々に改善はしてきているかなぁ〜程度の改善はありましたが…)

正直どうするべきか悩んでいた訳ですが、そんなとき、石田岳先生のオンライン勉強会で萩原祐介先生のご講演を拝聴しました。

そのご講演を拝聴して、衝撃が走りました。
というか、以前から疑問というのか、不思議に感じていたことが、もう視界良好というか、クリアになったからです。

電気生理学的に、神経は「遠心性」に刺激を伝導してく訳ですが、遠位で解剖学的構造の変化に伴う絞扼が生じると、近位に関連痛が出現することはあり、逆行性神経性疼痛という考え方についてのご講演でした。

それもその事実は1960年代の手根管症候群の論文で既に記載されているということも教えて頂きました。

ずっと神経症状は「遠心性」であるという原則で病態を解釈しようとしていた私にとっては、まさに目から鱗だったのです。

以前から疑問というか、不思議に感じていたこと…
それは臨床で、Tinel Signを取ると近位へ放散するような痛みがあるという患者さんがいらっしゃったり、絞扼部位よりも近位で症状を訴えられる患者さんに遭遇することがよくあり、「どう解釈すればいいんだろう?」「近位側の症状出現部位にも絞扼があるのだろうか?」と悩むことがよくあったからです。

ということで、ご講演の中でお示しいただいた論文を早速いくつか検索してみました。
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手の感覚麻痺の病因、診断、治療[Open Access]
Aetiology, Diagnosis, and Treatment of Paraesthesiae in the Hands
David Kendall : Br Med J. 1960 Dec 3; 2(5213): 1633–1640. 

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すると確かに、「手根管の絞扼では =中略= 頻繁に起こるのは、知覚麻痺は遠位で起こり手関節や、時には近位に、前腕のかなり上、肘にまで及ぶ痛みを訴える」と記載されているではありませんか。

もちろん萩原先生の論文も拝読しました。

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手根管症候群と肘部管症候群による "特発性"の肩関節痛と機能障害[Open Access]
"Idiopathic" Shoulder Pain and Dysfunction from Carpal Tunnel Syndrome and Cubital Tunnel Syndrome

Yusuke Hagiwara et al.:Plast Reconstr Surg Glob Open 2022 Feb 17;10(2):e4114.doi: 10.1097/GOX.0000000000004114



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手根管と肘部管部での神経の圧迫を解放する(装具装着、超音波ガイド下ブロック、外科的解放のいずれか)と肩関節痛と可動域が改善するという事実です。

特に、1割の症例では装具装着のみで60%以上の疼痛の改善を認め、超音波ガイド下ブロックでは4割の症例が持続的な疼痛と運動機能の改善を認めたとのことで、症状出現の時期的な要素と病態によっては、我々療法士による保存的治療でも一定の効果が期待できるのではないかと想像できる内容でした。

話を元に戻しますが、そういうわけで、私が担当させて頂いている、前述の患者さんの身体所見をもう一度確認してみました。

①上腕部では外側筋間中隔が硬く、Struthers' arcadeも健側と比較して硬い印象です。
②肘部管での圧痛やTinel Signはありませんでした。
③手根管は健側と比較してやや肥厚している印象です。Tinel Signはありませんでした。
④手の色調はやや赤褐色。
⑤手は自覚的にも他覚的にも冷感があります。
⑥手関節の可動域はPF/DF=75/60(健側は85/90)
⑦肘関節の可動域は5-0-135(健側5-0-140)、回内外は健患側差なし。
⑧MMTはMPJ屈曲3+、PIPJ屈曲4(健側は共に5)
⑨Morleyテスト、Adsonテストは共に陽性
⑩Allenテストは陰性

という感じです。時間の都合でエコーによる手根管部、Struthers' arcade部の観察は行いませんでした。

理学療法は…
①外側筋間中隔を上腕骨に対して短軸尺側方向へ誘導し、上腕三頭筋内側頭と上腕筋の柔軟性を改善させ、Struther's arcadeの柔軟性を改善させる。
②円回内筋と尺側手根屈筋を中心に内側上顆に付着する筋の柔軟性を改善させる。
③屈筋支帯、伸筋支帯の柔軟性を改善させる。
④前腕屈筋腱の滑走を促す。
⑤手根管部の柔軟性を改善させる。
上記を①〜⑤の順に、徒手的に行いました。

すると、③の操作をしているあたりから、手の色調が正常化し始め、冷感も改善してきました。手関節可動域はPF/DF=80/70、肘関節可動域は5-0-140、MMTはMPJ屈曲5、PIPJ屈曲5に改善しました。肝心の前腕から手尖に至る痺れについてはリハ終了時点では消失していました。

肩関節可動域は挙上150°、伸展50°、外転75°、外旋15°に改善しました。(痺れがなかったので、肩の可動域運動が円滑に行えました。)

今回の萩原先生の講義を拝聴したことで、過去の論文を読む機会となったこと、逆行性神経性疼痛という概念を知ることが出来ました。

担当患者さんの病態解釈を見直すことで、症状改善に繋がりました。もちろんまだまだ改善しなければならないことがたくさんありますし、症状のリバウンドもあるものと思います。

萩原先生と石田先生には感謝しかありません。
今回の学びをこれからの患者さんの理学療法に反映させていき、臨床での結果を報告していきたいと思います。

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