京都下鴨病院で整形外科の理学療法士をしている小野志操のブログです。
肩関節・肘関節・手関節・股関節・膝関節・足関節・腰背部の術後療法や保存療法、スポーツ障害に対するリハビリテーションを行なっています。
すべては患者さんの笑顔のために」 All for a smile of patient... by OH!NO!DX

第22回京都府理学療法士学会に参加した

学会発表したウチの先生達
(右から、あきお先生、為ちゃん先生、河井先生、福島ちゃん先生、14ちゃん先生と共同演者のishi先生)

第22回京都府理学療法士学会に参加してきた。

ウチの先生達の「魂が込められた」臨床成績の発表だった。

内容はもちろん、発表、質疑応答を含め素晴らしかった。

毎日仕事が終わってから、クタクタなのに原稿とスライド作りを頑張っていたみんなを近くで見ていたOH!NO!DXはホントに感動しました。

みんないい発表だったね。

OH!NO!DXも力をもらった。人工関節学会ガンバろっとp|  ̄∀ ̄ |q


第73回定例会

第73回近江定例会

昨日(1月28日)に今年最初の近江理学療法勉強会(整形外科リハビリテーション学会京滋支部)の定例会があった。

OH!NO!DXは仕事が終わってから向かったので、途中からの参加だった。

今年も始まった。熱血系理学療法士の勉強会。

内容はGH joint周囲筋の触診と1症例検討。

触診と症例検討…、臨床にいる理学療法士がしなければいけない勉強だ。

触診はちゃんと所見を取るために必要な能力の一つ。

症例検討は病態考察する上において必要な評価や知識を整理するために大切だ。

定例会のあとは通称「夜会(やかい)」と呼ばれるお食事会もあり、理学療法について熱く語り合う時間を持った。

考え、学んだことを明日からの臨床に活かしていきたいと思う。

ところで、写真(右下)の手袋は教え子「チャック」(写真右上)からOH!NO!DXへのプレゼント。

以前このブログに手袋を購入したことを書いたのを読んでくれて、スマートフォンの画面を手袋をしたままでも使えるというスグレモノ。

ありがとうチャック。

大切に使わせて頂きますm(_ _)m






適塾に行った

写真をクリックしてみてください


大阪北浜にある「適塾」に行ってきた。

「適塾」は緒方洪庵が開設した西洋医学を学ぶための塾だ。今の大阪大学医学部の前身である。

そう、日本西洋医学の原点といえる場所。

塾そのものの教育主体は蘭書の会読だったそうだ。

かの福沢諭吉も「適塾」の塾生だった。福沢諭吉は自ら述懐して、「凡そ勉強ということについては、この上にしようも無いほど勉強した」と言っている。

「適塾」で当時の空気を感じた。

当時の塾生が見た景色や匂いに言い知れぬ「熱さ」を感じた時間だった。

「扶氏経験遺訓」や「解体新書」「学問のすすめ」の実物を見て感動した。

理学療法士としての自分のこれからの在り方を考えた。

All for a smile of patient.

これからも実践していく。


The Oath of Hippocrates(ヒポクラテスの誓い)~覚書


I swear by Apollo the Physician, and Aesculapius, and Health, and All-heal, and all the gods and goddesses, that, according to my ability and judgment, I will keep this oath and this stipulation-to reckon him who taught me this art equally dear to me as my parents, to share my substance with him, and relieve his necessities if required; to look upon his offspring in the same footing as my own brothers, and to teach them this art, if they shall wish to learn it, without fee or stipulation; and that by precept, lecture, and every other mode of instruction, I will impart a knowledge of the art to my own sons, and those of my teachers, and to disciples bound by a stipulation and oath according to the law of medicine, but to none others. I will follow that system of regiment which, according to my ability and judgment, I consider for the benefit of my patients, and abstain from whatever is deleterious and mischievous. I will give no deadly medicine to anyone if asked, nor suggest any such counsel ; and in like manner I will not give to a woman a pessary to produce abortion. With purity and with holiness I will pass my life and practice my art. I will not cut persons laboring under the stone, but will leave this to be done by men who are practitioners of this work. Into whatever houses I enter, I will go into them for the benefit of the sick, and will abstain from every voluntary act of mischief and corruption of females or males, of freemen and slaves. Whatever, in connection with my professional practice, or not in connection with it, I see or hear, in the life of men, which ought not to be spoken of abroad, I will not divulge, as reckoning that all such should be kept secret. While I continue to keep this oath unviolated, may it be granted to me to enjoy life and the practice of the art, respected by all men, in all times ! But should I trespass and violate this oath, may the reverse be my lot!

医神アポロン、アスクレピオス、ヒギエイア、パナケイアおよびすべての男神と女神に誓う、私の能力と判断にしたがってこの誓いと約束を守ることを。この術を私に教えた人をわが親のごとく敬い、わが財を分かって、その必要あるとき助ける。その子孫を私自身の兄弟のごとくみて、彼らが学ぶことを欲すれば報酬なしにこの術を教える。そして書きものや講義その他あらゆる方法で私の持つ医術の知識をわが息子、わが師の息子、また医の規則にもとずき約束と誓いで結ばれている弟子どもに分かち与え、それ以外の誰にも与えない。私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない。頼まれても死に導くような薬を与えない。それを覚らせることもしない。同様に婦人を流産に導く道具を与えない。純粋と神聖をもってわが生涯を貫き、わが術を行う。結石を切りだすことは神かけてしない。それを業とするものに委せる。いかなる患家を訪れるときもそれはただ病者を利益するためであり、あらゆる勝手な戯れや堕落の行いを避ける。女と男、自由人と奴隷のちがいを考慮しない。医に関すると否とにかかわらず他人の生活について秘密を守る。この誓いを守りつづける限り、私は、いつも医術の実施を楽しみつつ生きてすべての人から尊敬されるであろう。もしこの誓いを破るならばその反対の運命をたまわりたい。

扶氏医戒之略(緒方洪庵)~覚書



一、人の為に生活して己のために生活せざるを医業の本髄とす。安逸を思はず、名利利を顧みず、唯おのれをすてゝ人を救はんことを希ふべし。人の生命を保全し、人の疾病を復活し、人の患苦を寛解するの外他事あるものに非ず。

一、病者に対しては唯病者を視るべし。貴賎貧富を顧ることなかれ。一握の黄金を以て貧士双眼の感涙に比するに何ものぞ。深く之を思ふべし。

一、其術を行ふに当ては病者を以て正鵠とすべし。決して弓矢となすことなかれ。固執に僻せず漫試を好まず謹慎して、眇看細密ならんことを思ふべし。

一、学術を研精するの外、言行に意を用いて病者に信任せられんことを求むべし。然れども時様の服飾を用い詭誕の奇説を唱へて、聞達を求むるは大に恥じるところなり。

一、毎日夜間において更に昼間の病按を再考し、詳に筆記するを課程とすべし。積て一書をなせば、自己の為にも病者のためにも広大の脾益あり。

一、病者を訪ふは、疎漏の数診に足を労せんよりは、寧ろ一診に心を労して細密ならんことを要す。然れども自尊大にして屡々診察するを欲せざるは甚悪むべきなり。

一、不治の病者も仍其患苦を寛解し、其生命を保全せんことを求むるは医の職務なり。棄てて省みざるは人道に反す。たとひ救うこと能はざるも、之を慰するは仁術なり。片時も其命を延んことを思ふべし。決して其の死を告べからず。言語容姿みな意を用いて之を悟らしむることなかれ。

一、病者の費用少なからんことを思ふべし。命を与ふとも命を繋ぐの資を奪はば亦何の益かあらん。貧民に於いて茲に甚酌なくんばあらず。

一、世間に対しては衆人の好意を得んことを要すべし。学術卓絶すとも言行厳格なりとも、斉民の信を得ざれば之を施すところなし。普く俗情に通ぜざるべからず。 殊に医は人の身命を委托し赤裸を露呈し最蜜の禁秘をもひも啓き、最辱の懺悔をも告ざることは能はざる所なり。常に篤実温厚を旨として多言ならず、沈黙ならんことを主とすべし。博徒、酒客、好色、貪利の名なからんことは素より論をまたず。

一、同業の人に対しては之を賞すべし。たとひしかること能はざるも勉めて忍ばんことを要すべし。決して他医を議するなかれ。人の短をいふは聖賢の明戒なり。彼が過を挙るは小人の凶徳なり。人は一朝の過を議せられておのれの生涯の徳を損す。其の得失如何ぞや。各医自家の流有て、又自得の法あり。慢に之を論ずべからず。老医は敬重すべし。少輩は愛賞すぺし。人もし前医の得失を問ふことあらば勉めて之を得に帰すべし。其冶法の当否は現症を認めざるは辞すべし。

一、治療の商議は会同少なからんことを要す。多きも三人に過ぐべからず。殊に其人を択ぶべし。只管病者の安全を意として、他事を顧ず、決して争議に及ぶことなかれ。

一、病者勝曾て依託せる医を舎て、密かに他医に商ることありとも漫に随うべからず。先其医に告て其説を聞にあらざれば従事することなかれ。 然りといへども、実に其誤冶なることを知て、之を外視するは亦医の任にあらず。殊に危険の病に在りては遅疑することあるなかれ。


右件十二章は扶氏遺訓巻末に附する所の医戒の大要を抄訳せるなり。書して二三子に示し、亦以て自警と云爾。

安政丁巳春正月
公 裁 誌

予演会

仕事が終わってからの予演会

日付が変わって昨日になるが、仕事が終わってから京都府士会の予演会をした。

みんな仕事でクタクタなのに、それぞれの演題を聴いて意見交換をした。

夕方6時から3時間。

真面目に、熱く、理学療法について語りあった。

もちろん来週末の学会発表を上手くやるためでもあるが、自分自身の理学療法観について述べているようにも聞こえた。

それは、まさに一症例を振りかえり、次への一歩を踏み出す臨床家の意見交換だった。

そこにドラマを見た。そんな感じの時間。

みんなの発表が各々にとって、発表を聴いた理学療法士にとって、そして何よりこれから診るであろう患者さんにとって意義あるものになること感じた。

こういう地道な活動の積み重ねが臨床にいる理学療法士に求められている姿だと思う。

OH!NO!DXも力をもらった。

All for a smile of patient.


学会発表準備

国立環境研究所で生物学の研究をされておられる竹中明夫氏のホームページ

この休日、ウチの先生達は学会発表準備の最終仕上げに入っていると思う。

みんな頑張ってo(^o^)o

OH!NO!DX自身も人工関節学会の準備を進めている…はず…ヾ(~∇~;)

これから学会発表しようと思われている方々にいいホームページを紹介します。

学会発表の心得について書かれています。(竹中明夫のページ

OH!NO!DXも今まで何度か学会発表させて頂きましたが、いつも緊張、失敗、反省の連続です。

竹中明夫さんについてはこちらから(J-GLOBAL)

分野は違えど参考になります。

症例報告を書くということ

ここからUS$19.95でダウンロードできます

今、OH!NO!DXは症例報告を書いている。

臨床研究といえば、大規模試験というイメージがある。特に理学療法士の世界では、そういう報告が今まで少ないせいか、EBMやEBPTといわれるようになってから、特にそういう傾向が強い。

でも、臨床研究の基本というか原点はやっぱり症例報告だ。そこを蔑ろにしてはいけない。

もちろんサンプル数が多いほうが何かとものが言いやすいのも確か。

ただそれは、対照群と有意差を出すための手法に過ぎないともいえる。

RCTとはいえ、結局は目の前の患者さん1人1人を良くするためにどうするかという積み重ねが必要ということだ。

臨床にいる理学療法士がしなければいけないこと。

それは、目の前にいる患者さんに、いつから、どれくらいの頻度で、何をして、その結果どうなったのか。

これを示すということ。まずはそれをちゃんとしなければいけない。

われわれ理学療法士がお手本とするべき医者の世界でも同様なようだ。

Vandenbroucke JP. In Defense of case reports and case series. Ann Intern Med 2001;134:330-334

「症例報告は医学の進歩において基礎の一つであり、多くの新しい考えを提供してくれる。」

症例報告を書くということが臨床にいるものとして、とても大切ということを教えてくれる。

忙しさに感けて最近カルテが杜撰になっていることを反省しつつ、今日のブログを締めくくる。

All for a smile of patient... by OH!NO!DX